人生のプラチナチケットを捨てる日本人たち

プラチナチケット

「日本人に生まれただけで、人生のプラチナチケットを手に入れたようなもの」

20年以上前、あるドキュメンタリー番組でその言葉を聞いた。
映っていたのは、小学校に上がるかどうかの年齢のアフリカに住む少年。
彼は毎日、井戸を掘っていた。危険で過酷な労働。土砂が崩れれば、一瞬で命を失う。
平均寿命は16歳前後だという。

なぜそんな仕事を?
理由はシンプルだった。
「家族を養うため」
それだけのために、彼は命を削って井戸を掘る。

画面越しに語られたあの一言──
「日本人に生まれただけで、人生のプラチナチケットを手に入れたようなもの」

あなたはこれを聞いて何を思いますか?


私たちは、その“価値”を理解できていない

日本に生まれることで、すでに多くの「スタートライン」が保証されている。
※もちろん例外もあるだろうが、平均寿命が10代という過酷な状況ではない

清潔な水。
食べ物。
教育。
ネット環境。
治安。
医療。
そして何より「未来を選ぶ自由」。

でも、私たちはそれを「当たり前」として生きてしまう。
当たり前は、感謝を忘れさせる。
当たり前は、チケットの存在すら忘れさせる。


その“チケット”、あなたは使っているか?

私たちは、立ち止まる理由ばかりを探している。

「やりたいことがない」
「何をすればいいかわからない」
「才能がない」
「時間がない」
「お金がない」
「能力がない」

井戸を掘って生きていた少年が、それを聞いたらどう思うだろう。
もしかしたらこう言うかもしれない。

「それ、贅沢な悩みだね。僕と人生を交換してよ。」って。

私たちは、プラチナチケットを持ったまま、ただ座り込んでいる。
使えば未来に行けるのに、使わないまま寿命が尽きる人があまりに多い。


自己分析は、“使い方”を知るための作業だ

この時代、自分のことを知らないまま生きるのはリスクだ。
あまりにも情報が多く、選択肢が多く、自由があるからこそ──
自分が何を望んでいるのか、自分が何を嫌っているのかを明確にしておかないと、全部に流されて終わる。思考停止状態で目先の甘い情報ばかり追っていると詐欺師の餌になるだけ。

私のサイトでは、
あなたが本当に望んでいること、
ずっと奥底にしまい込んでいた想い、
他人に見せたことのない本音を──
少しずつ言語化していく。

それは、あの少年のように「生きるために仕方なく」掘る作業ではない。
「どう生きたいか」を掘る作業だ。


チケットは使うためにある

プラチナチケットは、誰もが持っている。
でも、持っているだけでは意味がない。
使わなければ、ただの紙切れだ。

あなたの中にも、「何かを変えたい」という気持ちがあるなら。
まずは一歩踏み出して、自分の内側を掘ってみてほしい。

最後に

人は皆、悔いのない人生を望んでいます。そう、ラオウのような人生です。知らない人もいるかもしれないので簡単に説明すると、ラオウは北斗の拳の大ボスで、最期に「我が生涯に一片の悔いなし!」と言ってお亡くなりになります。

ほら、我々の心の中にはラオウがいるのです。でもあなたのラオウはまだ眠っているかもしれませんし、声が小さいラオウかもしれません。たたき起こして大きな声を出せ、と言ってやりましょう。

ここで一句

砂の井戸
掘る子の影に
目を逸らす

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