個人制作ゲームを公開したのに、検索から人が来ない。「作る」と「見つけてもらう」は別の仕事だった

ゲームを作った。

公開した。

スマホでも遊べるようにした。

SNSにもリンクを貼った。

ここまで来れば、少しずつ誰かが見つけてくれると思っていた。

でも実際に公開してみると、かなり違った。

ゲームを作ることと、そのゲームを見つけてもらうことは、ほぼ別の仕事だった。

私は現在、ブラウザで遊べるゲーム「ORA Quest」を個人で制作している。

最近、自分のサイトのアクセス状況を見ていて面白いことに気づいた。

ORA Quest自体には人が来ている。

ところが、Google検索からサイトを見つけてもらう力は、まだかなり弱い。

つまり、

「遊んでくれる人はいる。でも、検索ではまだ存在していないに近い」

という状態だった。

公開すれば検索される、ではなかった

Webサイトを作り始めた頃、私はかなり単純に考えていた。

ページを公開する。Googleが見つける。検索結果に出る。誰かがクリックする。

もちろん実際には、そんなに簡単ではない。

Googleにページが登録されたとしても、検索する人が使う言葉とページの内容が合っていなければ、ほとんど表示されない。

たとえばゲーム名が「ORA Quest」だったとする。

すでにORA Questを知っている人なら、「ORA Quest」と検索してくれるかもしれない。

でも、まだORA Questを知らない人は、当然そんな言葉では検索しない。

その人たちは、「無料 ブラウザゲーム」「個人制作 RPG」「短時間で遊べる Webゲーム」「インディーゲーム 無料」といった、自分が知っている言葉で探す。

ここに大きな問題がある。

作品名だけをページに書いて待っていても、作品を知らない人とは永遠に出会えない。

ゲームを宣伝する記事ではなく、「検索される入口」を作る

そこで考え方を変えた。

「ORA Questを宣伝する記事を書こう」ではない。それだと、ただの広告になってしまう。

そうではなく、ゲームを作る過程で実際に起きたことを記事にする。

たとえば私は最近、「自分のPCではゲームが動くのに、他人のスマホでは壊れる」という問題に遭遇した。

これはゲームを作っていなくても、Webアプリを公開している人なら経験する可能性がある。

その問題を記事にすれば、「Unexpected token '<'」「JavaScript スマホ 動かない」「Webアプリ 本番だけ動かない」といった別の入口から人が来る可能性が生まれる。

その人はORA Questを探していたわけではない。でも記事を読んだあと、「この人、こんなゲームを作っているのか」と知るかもしれない。

私はこれが、個人制作ではかなり重要なのではないかと思っている。

大企業と同じ宣伝方法をする必要はない

大きなゲーム会社なら広告を出せる。PV動画を大量に配信できる。インフルエンサーに依頼することもできる。

個人開発者には難しい。

でも個人には、別の武器がある。

制作過程そのものを公開できる。

なぜこの仕様にしたのか。どこで失敗したのか。どんなバグに苦しんだのか。AIをどう使ったのか。公開したあと何が起こったのか。

これらは全部、ゲームの外側にあるコンテンツになる。そして、その一つ一つがGoogle検索への入口になる可能性がある。

ゲーム本体が1ページしかなければ、検索される入口もほぼ1つしかない。記事が増えれば、作品そのものではなく、作品の周辺から見つけてもらえる。

多言語化すると、入口はさらに増える

ORA Questは現在、複数言語で遊べるようにしている。

これも単に「翻訳して世界中に公開すれば人が来る」と考えると危ない。

英語版を作っただけでは、英語圏の人に存在を知られるとは限らない。ドイツ語版、フランス語版、ポルトガル語版、中国語版でも同じ問題がある。

ゲームがその言語に対応していることと、その言語を話す人がゲームを見つけられることは別だからだ。

だから記事も、多言語化する意味が出てくる。ただし、ここでも直訳だけでは弱い。国によって検索される言葉も違う。タイトルの好みも違う。ゲームの説明の仕方も違う。

私は今、ゲームだけではなく、「見つけてもらう仕組み」そのものも多言語化するという実験を始めている。

SNSは強い。でも止めた瞬間に流入も止まりやすい

SNSに投稿すると、一気に人が来ることがある。これはとてもありがたい。

一方で、投稿は流れていく。今日読まれた投稿も、数日後にはほとんど見られなくなる。

検索記事は逆だ。最初は誰にも読まれない可能性がある。でも半年後に誰かが検索して、突然読まれることもある。

SNSが「今日、人を連れてくるもの」だとしたら、検索記事は、未来のどこかに入口を置いておく作業に近い。

個人開発では、この両方が必要なのだと思う。

個人ゲームは「完成したら宣伝する」では遅いのかもしれない

以前の私は、ゲームを完成させる。それから宣伝する。という順番を想像していた。

最近は逆ではないかと思い始めている。

作っている途中から、失敗を書く。発見を書く。判断を書く。実験を書く。それらの記事が少しずつ検索される。その間にもゲームを作る。

そしてゲームが完成した頃には、作品の周囲にすでに何十個もの入口が存在している。

こちらの方が、個人には合っている気がする。

私はいま「ゲーム」だけではなく「入口」を作っている

ORA Questそのものを面白くすることは、もちろん一番重要だ。でも、誰にも見つからなければ遊んでもらえない。

だから最近は、ゲームを1個作る、ではなく、ゲームへ続く道を何本作れるかを考えるようになった。

バグの記事から来る人。AI開発の記事から来る人。個人制作の記事から来る人。Webゲームの記事から来る人。SNSから来る人。偶然Googleで見つける人。

入口は全部違っていい。最後に同じ村へたどり着けばいい。

その実験の中心にあるのが、いま作っているORA Questだ。

もしこの記事に検索やSNSから偶然たどり着いた人がいたら、それこそ私が試していることが少し成功したことになる。

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