AIでゲームを10言語に翻訳したら、フランス語で「文章がおかしい」と言われた。翻訳ルールだけでは防げなかった理由

ゲームを世界中の人に遊んでもらいたい。

そう考えて、私は自作のブラウザゲームを10言語に対応させた。

日本語で物語を書き、AIを使って英語やフランス語、ドイツ語などに翻訳する。翻訳のルールも作った。キャラクターの口調を守る。原文にない意味を追加しない。重要な単語の訳を統一する。

それなりに慎重に進めているつもりだった。

ところが、フランス語版の画像をThreadsに投稿したところ、厳しいコメントが付いた。

「文章がおかしい」

さらに、AIを使った制作そのものに対する批判も寄せられた。

正直、考えさせられた。なぜなら、私は適当に翻訳していたわけではないからだ。

AIで多言語化することと、外国語として自然な作品を作ることは、どうやら別の問題らしい。

フランス語だけ、反応が違った

私は現在、「ORA Quest Sin」という物語ゲームを個人制作している。プログラム、画像、翻訳などにAIを活用しているが、物語やキャラクターの設定、作品全体の方向性は自分で考えている。

Threadsでも複数言語のアカウントを運用している。その中で、フランス語の投稿に批判的なコメントが付いた。

文章の不自然さ。画像の不自然な部分。そして、AIを使って作品を作ること自体への批判。

最初は一つの問題のように感じた。しかし、よく考えるとこの3つは違う。

文章の不自然さは翻訳や校正の問題。画像の不自然さは制作物の品質管理の問題。AI制作そのものへの批判は、価値観や倫理観の問題だ。

すべてを「AIが嫌いな人からの批判」で片付けてはいけない。

翻訳ルールを作っていたのに、なぜ不自然になったのか

私のゲームでは、単純に日本語を翻訳ツールへ貼り付けるだけではなく、翻訳対象を管理し、変更箇所を追跡できるようにしている。さらにキャラクターごとに口調のルールもある。

ところが、ここに落とし穴があった。

日本語の意味を正しく伝えることと、その言語の人が自然だと感じることは同じではない。

日本語の文法構造に引っ張られたフランス語。意味は理解できるが普段の会話ではあまり使わない言い回し。文法的には成立していてもキャラクターの発言として違和感がある文章。

しかも、日本語を母語とする私には、その違和感を自分で発見することが難しい。

AIに「自然に翻訳して」と頼んでも十分ではない

ゲームのセリフには普通の文章とは違う役割がある。説明、恐怖、キャラクター性、伏線、あえて残す曖昧さ。

これらをすべて「自然で読みやすい文章」に直してしまうと、文章は流暢なのに物語がつまらなくなることもある。

必要なのは、単に文章を自然にすることではない。

そのキャラクターが、その状況で、本当にそう言いそうか。

ここまで確認しなければならない。

実際に、意味の取り違えも起きていた

たとえば日本語の「先生」は、教師以外にも医師などを指すことがある。文脈を十分に理解しない翻訳では、誤った意味の語が選ばれることがある。

他にも、セリフ自体は存在しているのに、本来とは違う位置に入る問題もあった。

こうした問題は文法チェックだけでは発見できない。

翻訳は、文章だけを見ていても完成しない。

誰が、誰に、いつ、どんな目的で話しているのか。その情報が必要だ。

10言語対応すると、確認する文章は一気に増える

現在の体験版で管理している日本語の翻訳単位は932。対応する翻訳言語は9言語。

932 × 9 = 8,388単位。

すべてに問題があるわけではない。しかし、知らない言語では違和感に自分で気づけない。

だからこそAIを使う必要がある。しかし、AIに翻訳させた文章を、同じAIに「問題ないですか」と聞くだけでは、十分な独立検証とは言い切れない。

今回、翻訳の確認方法を変えることにした

まず日本語原文を基準に意味を確認する。誰が話しているか。何を伝えるのか。原文にない意味が追加されていないか。重要な情報が消えていないか。

次に、翻訳された言語だけを読んで自然さを確認する。会話として成立しているか。キャラクターの口調は一貫しているか。

その後、意味と自然さの両方を突き合わせ、ゲーム画面でも適切に表示されるか確認する。

AIで確認した文章を、母語話者が確認した文章と同じ品質保証として扱わない。

全部を翻訳し直すことが正解とは限らない

問題が見つかると全部やり直したくなる。しかし、問題のない文章まで書き換えれば、新しい不具合を作る可能性がある。

だから、問題のある文章だけを修正することを基本にしている。

変更した文字だけでなく、変更によって意味が変わる範囲を見る。

AIを使っていること自体への批判は、どう考えればいいのか

今回の反応には、翻訳品質とは別に「AIを使うのではなく制作技術を学ぶべきだ」という意見も含まれていた。

私はAIを使っていることを隠すつもりはない。一方で、AIを使った作品だからといって品質問題を軽く扱ってよいとも思わない。

AIで作ったから仕方ない、ではなく、AIで作ったものでも責任を持って確認する。

批判を集めることと、ファンを増やすことは違う

SNSでは批判的な反応でも投稿が広がることがある。しかし、反応が増えたこととファンが増えたことは同じではない。

以前、Threadsがゲームへの大きな流入経路になっていることを書いた。

個人ゲームのPVの75%がThreads経由だった。30日分のGA4で見えた「最初の集客」

でも、欲しいのは怒ってくれる人の数ではない。

作品を楽しんでくれる人とのつながりだ。

AIで作ることが簡単になるほど、完成の基準は厳しくなる

AIがフランス語に翻訳した。だからフランス語版は完成。AIがきれいな画像を生成した。だから完成。

そう単純には考えられない。

作れるようになったことと、完成したことは違う。

それでも私は、10言語でゲームを作り続けたい

今回、不自然な翻訳が見つかった。だからといって、多言語対応をやめようとは思っていない。

むしろ、世界へ届けようとしたからこそ見えた問題だ。

重要なのは、批判を受けたあと何を改善するかだと思う。

世界に届けたいなら、世界の人が読む文章にしなければならない

日本語の文字列そのものを守ることが目的ではない。

その言葉によって生まれる体験を守ること。

翻訳ルールを作る。意味を確認する。自然さを確認する。画面で確かめる。必要なら直す。そして、また誰かに遊んでもらう。

その繰り返しで、少しずつ世界中の人に届けられる作品にしていきたい。

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